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 投稿者:流氷  投稿日:2017年 8月16日(水)03時13分18秒
返信・引用
  やっとお墓にお参りできました。
8月1日から始まった、ホタテ稚貝仮取り作業。

時化による脱落
川水による泥の付着
要因が幾つも重なり、自前での粒数が確保できず、4件の仲間から提供を受けて、終了の目処がついた。

14日
15日
16日は、お盆です。
漁師は、海で仕事はしない。

何が有ろうとも、迎えている間は…
 
 

同級生2

 投稿者:流氷  投稿日:2017年 7月18日(火)05時51分13秒
返信・引用 編集済
  最後まで話す事が出来た人から、昨夜一冊の本を、参加者全員に配ってました。

高橋桂子著「運命の逆転-奇跡は一つの選択から始まった-」三宝出版

運命の捉まえから、心の有り様までを実例を交えながら解説している本です。
地元では出席者全員分は揃わず、紋別市内の店舗を探していると陳列されていたようで、買い求めて配布が叶ったそうです。

2度読ませていただきました。

自分はこの本を読んで、人物の描写を難解な仏法解釈ではなく、一人一人の内面に潜むバンドラの箱を、幸せに向かって昇華させてゆく事のできる、道導を示す手掛かりのような本ではないかと思いました。

いるんですね。
このような方が・・・・

一人一人の成り立ち、生い立ちが見える人が・・・・・
だから、その人に適した道を指し示す事ができる。

良い本を頂きました。

これから、違う捉まえかたで自身を見つめ直すきっかけを、与えて貰ったような気がします。
もともと本が好きな人ですから
見てみようと
読んでみようと思います。

感謝!!是在
 

同窓生1

 投稿者:流氷  投稿日:2017年 7月18日(火)05時20分48秒
返信・引用
  15日に紋別市のホテルで、同級生たちと逢うことが出来ました。
逢う人毎に記憶が蘇ります。
卒業してから49年にもなり、初めて顔を合わせる人も・・・2名ほど
働きながら、学業を両立させる事の難しさ・・・
中途で編入してきた人も・・・
道半ばで違う道に進んだ人・・・
当時の自分と、現在の自分の外面の変化が殆どない事も・・・・
同級生皆、幾星霜を経て変わっているはずなのに?

今回は、ホテルをとって一泊にしました。
チェックインからアウトまで、参加した人たちと話す事ができたのは本当に嬉しい事です。

皆が家路にと、別れ別れになる時間がきても、なかなか離れる事も出来ずに会話が続きます。

最後に残った春江と、話を続ける事に・・・
レストランに入り、コーヒー一杯で3時間は話す事が出来たでしょうか?

同級生たちとの会話では出来なかった話も・・・・
自分も、奥底の事情や葛藤を吐露できたのは、同一のものを感じ取れたから・・・

惹かれるとは違い
気になると言った方が正しいのかも?
話をする毎に、表裏一体のように似た境遇・・・・
お互いに(どうりで・・・)なんてね!!

無二の親友にも逢う事が出来た。
ネットで探しても、見つからなくて・・・・
同級生を探すサイトに数件登録をしていてもヒットすることもなく数十年を経過・・・
奥様同伴で紋別市へ
同窓会には、奥様は参加しませんでしたが・・・・
別れる前に、4人での会話が出来た。

今回で、逢いたい人に逢えたけれど
49年の間に、8名が違う世界へ旅立たれて・・・・

一期一会
 

大漁貧乏

 投稿者:流氷  投稿日:2017年 7月 4日(火)18時37分52秒
返信・引用 編集済
  13年前から、かれい刺し網漁が不漁になり
年々底へ向かっているかのように不漁が続く・・・

何時か上向く

それを信じて10数年

今年のかれい刺し網漁は
大漁が10日以上続いています・・・・が
極端に安い

真がれい(大・特大)・・・は、キロ単価500円~800円が相場
現在・・・102円~130円で推移

毎日800kg・650kg・480kg・460kg・730kg~~~と続き
漁が切れません。
本日は260kg

01:00から、浜の倉庫で一仕事
06:20に漁から帰り、家の倉庫で網外し・・・・で出荷

09:30にサロマ湖へ
内外機船で、サロマ湖へ垂下した採苗器を浮上させました。
ホタテラーバはまだ視認出来ません。

外海(オホーツク海)から移した採苗器を見てみます。
爪楊枝に柄の大きさになっていました。

施設と浮き玉、採苗器にケイ藻が付着していました。

養殖籠の修繕作業も終わり
浮き玉の掃除も終え
干し場・浜の倉庫周りの草刈り作業

サロマ湖の
登栄床漁港に沈石を置いている場所の除草剤散布と草刈り

様々な仕事をクリアー

この1と月以内に、カレイ刺し網に使用する「タンカ」作り
来期の網作りの為の、「棚外し」が待ち受けています。

忙しいと、何も考えることが出来ないように
自らが、「いそがしさ」を呼び込んでいるように

生きているだけ儲けもの
何もないことのしあわせ

動き回れるだけまし・・・

体の痛みに付き合っているひまもない
動き回るうちに痛みは忘れ去るってね・・・・・


人恋しいなぁ~~~~
 

認知症?

 投稿者:流氷  投稿日:2017年 5月 4日(木)07時14分45秒
返信・引用
  昨年から、記憶が定まらなくなってきています。
それから、現在行おうとする判断に的確性も一瞬消え去ってしまう時も・・・

一つ一つ
一々確認の作業が必要になってきている事も、実感して行動するように言い聞かせています。

加齢がなせる事なのか?
もともとのことなのか?

気を付けなければ・・・

高齢者の事故が蔓延している日常において
そこへすすんでゆくじぶんがいることも、畏れというものはありませんが、自分の成した事で迷惑をもたらす事だけは勘弁・・・

動きに入る前に、いったん、間隙をおく自分でしたが、今、もう一つの間隙を加えなければなりません。

気を付けて
 

ご返事?

 投稿者:流氷  投稿日:2016年 7月15日(金)15時03分20秒
返信・引用
  そうですか? 人それぞれに、何かしら重荷を背負っているものなのですね?
自分は、高校を卒業するときの謝恩会の幹事を一任されて、頑張って努めていたら少量のお酒に酔いが回って寝てしまった・・・起きてみると誰もいない!!
店の奥様に、みんなどうしたんですか?って聞いたら、あとは任せてあるからって帰ってしまわれました・・・・ですって。
高卒当時1万2千円の給料の時代に、6万円もの借金を背負ってしまいました。
泣きつくのも嫌で、奥様に「2ヶ月待ってほしい」と・・・・
両親は、体の小さい自分には漁師だけは駄目と言っていたのですが、そうもいっていられませんから、両親に訳を話して、大型船の漁船員になって借金を返す約束をした。と・・・・

それから、2ヶ月で返してしまいました。
そこから、自分の漁師のスタートでした。
どうせ漁師になるなら、誰にも負けたくない・・・・
一匹狼で、日本中の港を転々として、あらゆる漁業を体験しました。
北海道から、一人で流れ漁師として旅をするわけですから、それはもう・・・・半端な世界ではありませんでした。

やんちゃも
際どいことも
何回も、あの世の淵まで・・・・
その両親の13回忌が2日前でした。

自分の父も、酒乱です。
酒が入っていないときは、仏の○○さん・・と呼ばれている人でした。
小さい頃から、大人になったときにも、父には憎しみしか沸いてきません・・・

でも、自分の子どもができて、懸命に子育て、仕事と・・・
明るいときには、すべて仕事と子育ての毎日でしたが、楽しかった~~~~!!
その頃から、父の苦悩が分かるようになってきました。
母の苦労と、父の葛藤・・・・が!!
反面教師とはよく言ったものです。

父のおかげで、気持ちの奥底のまだ奥の奥に、自分でもバンドラの箱がしまい込んでいます。
自分自身の、醜い固まりが、丁寧にしまってあるんですよ。

義父の100日が10日遅れで、明日行われます。
義母は、施設で寝たきり・・・に。
痴呆が進んで介護度5,調子が良いときは問いかけに応えてくれますが・・・・ほとんど、反応はありません。
鬼のような義理の父母でしたが妻の両親ですし、自分の両親の死に目に会えませんでしたから、なんとか面倒をみようと思っています。

団塊さんも、大変でしょうが
前に進むしか道はないとも言いますしね・・・・
自分は決して、後ろを振り返ることはしない人です。
弱虫なんでしょう・・・きっと!!

団塊さんのように、強く生きられない人でもありますから、ただただ足を進めるのでしょう自分は!!
尊敬させて下さい。
 

(無題)

 投稿者:団塊  投稿日:2016年 7月13日(水)08時54分35秒
返信・引用
  生きていると色々あって大変ですが楽しい事も又多いです。
テレビなどでは口舌の輩が「今は先が見えない世の中云々」などと不安を煽っています。
先が見える世の中などある訳ないのですけれどね。
我が家も妻が46歳の時に脳内出血に罹患してかれこれ20年経ちます。
その間に7回の出血を繰り返して現在は寝たきり状態になっています。
1度目は軽かったのですが半年目に二度目の出血がありそこから苦難の始まりでした。
妻の実家からは「もう仕方がないから施設に入れて」とも言われたのですが
そう簡単に見捨てる訳にもいかず、いつの間にか20年になりました。
大恋愛して一緒になった訳でもないのですけれども、ベッドで呻吟している妻が可哀想でつい頑張ってしまいました。
オムツ交換など妻の介護を嫌だと思った事はまだ一度もないので
自分の健康の許す限り自宅で過ごさせようと思っています。
初めは仕事と介護をを両立させようと奮闘したのですが、三男がまだ小学校低学年だった事もあって
3年間程で挫折。
已む無く定年まで7年をを残して退職して現在に至っています。
それでも自分には登山やバイクや音楽の趣味があり、たまには施設に預けて楽しむ事が出来たので
そんなに深刻な事態に陥らずに済みました。
   北海道にもかれこれ5回ほどツーリングに出かけています。
暫く行っていなかったのですが、高齢になるにつれて生まれ故郷の本別町に行ってみたくなり
それがキッカケで渡道する様になりました。
  住んでいた場所は牧草地になっていてなかなか探し当てられませんでした。
幼い時に毎日見ていた雄阿寒岳雌阿寒岳を目印に小一時間かかってやっと探し当てる事が出来ました。
その時は50数年振りの訪問でしたが、数軒残っていた開拓の人が名前まで覚えていてくれて感激しました。
フェリーで小樽に渡り猿払網走知床釧路本別町茅部そして函館からフェリーで下北半島が何時ものコースです。
勿論紋別も立ち寄り通過していました。
今年も久し振りに北海道と思ったのですが次男も妻と同じく脳内出血で入院してしまい
出鼻を挫かれてしまいました。
我が家も妻が倒れてからずっと一難去ってまた一難の連続です。
でも物事はやるか逃げるかの道しかありませんからね。
やっぱり頑張る道しかないです。
北海道も住んでいる時は何も感じませんでしたが
最近は訳もなく北海道生まれを話のタネにしてしまいます。
在職中に北海道自慢の同僚が居て
   「◯◯さんはあまり北海道の話しをしないね」
などと言われましたが
    「あんたと違って、俺が北海道に居た時は貧乏真っ盛りで思い出したくないよ」
と返答するのが常でした。
   母は妻が倒れた時と同じ46歳の時に
函館の埠頭倉庫の荷下しで崩れた荷物の下敷きになって死亡しました。
  今になって「母もまだ若かったのだなあ」と
働き詰めの人生だったから可哀想になってしまいます。
  だらしなかった父親には何の感情も無いのが情けないですが(笑)。
長々と申し訳ありません。




 

初めまして・・・団塊さん

 投稿者:流氷  投稿日:2016年 7月 9日(土)08時45分29秒
返信・引用
  大変、お返事が遅れてしまい申し訳ありません。
義父が5月27日に、介護施設で誤飲による窒息から他界。
あっという間に仏事が押し寄せて来ました。

それ以前に、子供関係の組織の事務局との兼任・・・・そして、ファイルの欠落による、新しく文章の作成・住所録の聞き込みと作成・150件もの送付文書の作成・・・
それに続く・夏休み前の補導協力依頼の作成と送付

PCのフォルダ内へ、これらの作成したものを編入すると同時に、メモリーへの記録(保険として)

「ふるさとから学ぶ会」の事業2件の協力など

それと同時に、養殖資材の仕事で2晩徹夜の断行・・・
目一杯の日々

今回は、札幌での社会教育委員長等研修大会への参加
これは、次男坊の結婚相手との食事と、義妹(乳癌末期)への見舞い
そして、札幌への行程(自家用車での往復)

ここまで記入して疲れました。

これらが一挙に押し寄せてくると
平然としている自分自身に驚いてしまいます。
なんなんでしょう・・・・・かね?

HPの自分史を訪れて頂いてのお言葉
ありがとうございます。

自分史では、書き込めないものも多くありますが、最低限この位はいいだろう・・・・と思えるものに絞って書き込んでいます。

あの時代
皆さん共有できるものが多くあると思います。

思い出の一コマになったのであれば、うれしく思います。
ありがとうございました。
 

初めまして

 投稿者:団塊  投稿日:2016年 6月21日(火)00時06分35秒
返信・引用
  自分は戦後間もなく十勝本別町の開拓部落で生を受けました。
その後は離農し渡島知内、函館、川崎と転々として現在は山梨で寝たきり妻の介護をしながら余生を送っています。
先般の函館方面の地震で高校時代思いを寄せていた女性が茅部の網元の娘だった事を思い出しました。
早速ネットで茅部網元を検索したところ御ホームページの自分史にたどり着いた次第です。
茅部には彼女と同性の網元旧斉藤家住宅というのが移設保存されている様です。
彼女はその後どの様な人生を送ったのだろうと思いを馳せています。
自分も小学校中学校とかなりな貧乏生活を体験させられました。
自分史を読ませていただき当方の祖父や祖母の事、父の頼り無さ、母がその為に苦労した事などを思い出しました。
貧乏というものは皆似た様な状況だと実感した次第です。
当時は嫌だった貧乏も、今になってみれば良い思い出の一ページになりました。
突然の書き込み失礼致しました。

 

PC更新

 投稿者:流氷  投稿日:2016年 4月 5日(火)09時45分22秒
返信・引用
  先月、25日に青少年たより8ページ分、編集を終えて印刷所へ持ち込み、4月中に2度の回覧のどれかに間に合えば良いから・・・・って、お願いをしてパソコンのフォルダ分けをしている最中に、名前を付けて保存が出来なくなってしまいました。

上書き保存では、フォルダの場所にある下位層へ上書きは出来ても、保存にはならない。
あれこれと、思案しながら奮闘しているうちに

こりゃいかん
ノートへ避難させるため、メモリーに保存しノートへは無事、軟着陸することができました。

そして
PCへ
ワードをいじくり回していると・・・・パソコンがフリーズ
何をやっても、ワードが起動してくれなくなっちゃいました。

そのうち
PCも勝手にシャットダウン

Windows7リカバリディスクで復旧をして起動は出来ましたが、今度はネットにつながらない?

ここまで3日を要して、すこし間を開けることにしました。
一生懸命にやったとしても、”どつぼ”にはまっちゃうだけです・・・から!!
もう何度も経験して、急がば回れって思うようになった?

28日夕方に、PCはいったん休憩

って、翌日に
どえらいことが起きちゃいました。

29日正午から今まで
何がなにやら?
何がどうなったのか?
何をどうすれば?

あれよあれよと・・・・云うまもなく
日々と時間が
自分の前を走り回っていたような気がする?

まずはこの場所で
一休み・・・・・
 

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