teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG> youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ 検索 ]


何のジャズ誌?

 投稿者:ぺぇ  投稿日:2016年 5月25日(水)11時02分58秒
返信・引用
  長門竜也さんのお書きになってるジャズ誌の名前、差し支えなければ教えて下さい!
先ほど、チコさんから昨日CD送られてきて、感激して何度も聴いた!って電話がありました。

 
 

LIVE IN NEMURO 1977が発売されます!

 投稿者:管理人  投稿日:2016年 5月24日(火)02時36分22秒
返信・引用 編集済
  かなり久しぶりの更新になります。すいません!
本田ファンの皆様お待たせいたしました。
本田さん参加時の渡辺貞夫クインテットの77年10月8日録音『LIVE IN NEMURO 1977』が
5月25日いよいよ発売されます!
メンバーは渡辺貞夫、本田竹曠、福村博(tb)、岡田勉(b)、守新治(ds)
そう!あの幻の(公式録音がほぼない)最強クインテットのLIVE音源なんです。
本田さんの77年といえば(貞夫さんのほうはライターの長門竜也氏が某ジャズ誌にて詳しく解説されているはず)5月に単身NYに乗り込んでマイルスリズム隊と『ANOTHER DEPARTURE』『REACHING FOR HEAVEN』の2枚のアルバムを録音、
7月24日田園コロシアムにて、このクインテットで『LIVE UNDER THE SKY '77』 で暴れて、
いよいよこのアルバムの根室へと、大忙しの時期になります。
その後、貞夫さんはカリフォルニアにオレンジ特急でシャワーを浴びに行ってしまい、
本田さんはNYに飛んで今度は増尾さんたちと『IT'S GREAT OUTSIDE』でフュージョンにベクトルを向けネイティブ・サンで大爆発!
ついでに(失礼)福村さんも傑作『Hunt Up Wind』をものにするのもその後の78年。
このあたりのことを考えると本田さんや貞夫さん(福村さんも)にとって77年は、
今までのモーダルでアフリカンな(かなりザックリとですが・・・)JAZZの集大成の年(とかってに位置づけて・・・)
そうなるとこのアルバムはそのモニュメント的作品になると・・・なんだか鼻息が荒くなってきたのでこんへんでやめておきます。
演奏?
そりゃ素晴らしいに決まってますって!
とりあえずポチッとしましょう~
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%B4%E3%83%BB%E3%82%A4%E3%83%B3-%E6%A0%B9%E5%AE%A4-1977-%E6%B8%A1%E8%BE%BA%E8%B2%9E%E5%A4%AB/dp/B01DE4HWQI/ref=sr_1_1?s=music&ie=UTF8&qid=1464025880&sr=1-1
データで、とか言ってちゃだめですよ。
CDで持ってなきゃ(無くなってからじゃ遅いよ)

そんなわけで久々の本田さんに泣きながら興奮してください!
よろしく~~(ダメ管理人より

http://www.jazz-honda.com/

 

祝!ザ・モージョ再発

 投稿者:管理人  投稿日:2015年 7月18日(土)00時50分59秒
返信・引用
  ひゃーあぶねえ~うっかり買い逃すところだった!
あ!お久しぶりです。
怠けモンの管理人でございます。
なんとあのGSのザ・モージョがアナログ7inchで再発されてた!
もちろん本田さん最初期の録音のひとつでオリジナルはン10万はくだらないというシロモン。
しっかし油断ならないね、近頃の再発事情は。
ちゃんと追っかけてないとあっという間にまた廃盤っていう(今回も限定らしく早くもヤフオクあたりでは倍の価格になってる)
でもまだ、マメに探せば密林とかウニオンあたりであるかも。
逃しかかってる人急げ!!
スゲーカッコウの本田さんをジャケでおがめるぜ。

http://www.jazz-honda.com/

 

1973年渡辺貞夫カルテット

 投稿者:管理人  投稿日:2015年 5月 7日(木)12時22分34秒
返信・引用
  一部facebookで出回っていたので見た方もいるかと思いますが、ジャズライターの長門氏からの情報で裏?がとれたのでこちらにもリンク張っておきます。
長門氏が鈴木チンさんから聞いた話だと「恐らく1973年に渡辺貞夫クァルテットで2週間のヨーロッパ・ツアーを敢行した時、最後に立ち寄ったパリの「アメリカン・センター」で収録したテレビ映像」だろうとのことです。だとすれば、貞夫さんの言う所の「最も練習の成果が出た演奏だった」ということになります。
なるほどスゴイ演奏です!是非ごらんくださいませ。
https://www.youtube.com/watch?v=FORBLxNh4Zw

http://www.jazz-honda.com

 

松谷冬太さん新譜!予約開始~

 投稿者:管理人  投稿日:2015年 4月30日(木)11時54分50秒
返信・引用
  というわけで、元ピュアの最後にして最強のヴォーカリスト松谷冬太氏の新譜が出ます。
5月22日
密林で予約可能ですよ!

http://www.amazon.co.jp/Yellow-Black-Music%E2%80%99-%E6%9D%BE%E8%B0%B7%E5%86%AC%E5%A4%AA/dp/B00VA191OE/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1430284097&sr=8-1&keywords=%E6%9D%BE%E8%B0%B7%E5%86%AC%E5%A4%AA

http://www.jazz-honda.com

 

(無題)

 投稿者:キャロル  投稿日:2015年 1月20日(火)03時50分35秒
返信・引用
  Koji君の母上様、音楽コンクールのジャッジで当時から度々海外にも出向いていらした、
国立音大の教授でした。
私は本田君が古田教授の紹介でMGR(ミュージシャングループ・レインボー)で弘田三枝子さんとの仕事を始めたのかと、Koji君から話を聞く最近まで考え違いをしていました。
Koji君の叔父上がプロダクションMGRの社長さんでしたから。
でも、実際は甥のKoji君経由でジャズ畑に参入したんですね。
本田君は音大ではずば抜けていて、将来を嘱望されていたと聴いて居ます。

 

Re: 本田君の事

 投稿者:管理人  投稿日:2015年 1月19日(月)17時55分21秒
返信・引用
  > No.296[元記事へ]

キャロルさんへのお返事です。
続けての投稿ありがとうございます。

> Koji君曰く
> ”本田が国立のジャズ喫茶で覚束ないジャズをやっていて、(本田君ジャズを始めたばかり)
> 彼に話しかけて、俺の紹介で弘田三枝子の仕事を紹介した、と。
すると、始まりは古田さんだったのですね~
勉強になります。

ありがとうございました!

http://www.jazz-honda.com/

 

本田君の事

 投稿者:キャロル  投稿日:2015年 1月19日(月)17時30分45秒
返信・引用
  ごく最近、Koji君からのメールあり。
たまたま彼が本田君の事に触れていました。
我らは本田君の話は殆ど需要がない(当時のミュージシャンというより、知り合いの部類)。
私は2008年ごろ、ネットで本田君が亡くなったことを知り、Koji君に伝えました。
Koji君は現役を退いたのが’83年頃?
以来業界のつながりとは無縁で、彼も本田君が亡くなった事を私のメールで知りました。

我ら二人とも本田君が亡くなったのを数年間知らなかったことが少なからぬショックでした。

Koji君曰く
”本田が国立のジャズ喫茶で覚束ないジャズをやっていて、(本田君ジャズを始めたばかり)
彼に話しかけて、俺の紹介で弘田三枝子の仕事を紹介した、と。


 

Re: 竹彦へ

 投稿者:管理人  投稿日:2015年 1月19日(月)16時22分44秒
返信・引用
  > No.294[元記事へ]

キャロルさんへのお返事です。
キャロル様
これはこれは、とんでもない時代のとんでもないエピソードをありがとうございます。
モージョといえばたった一枚のシングルとCD時代になってから未発表「so long baby」のみのまさしく幻のバンド!
その時代の話とは・・・すると投稿者様はその関係者かメンバーの方でしょうか?(H野さん?Y田さん?M畑さん?S木さん?N久保さん?)
だとしたらますますとんでもないですね~
当時のことを知っているのはやはり当時の方のみですから!
またなにかありましたら、是非投稿お願いいたします。


> 69年のMojo,古田Koji君は多分あの当時日本で一番のオルガニスとでした。
> 演奏拠点は米軍キャンプで圧倒的ジャパニーズ・プレーヤーでした。
> Koji君と私は本田君の話題で、”本田はあち・こちで敬遠され出した様だぞ。
> あいつは(本田君)興に乗ってくると、力の加減なくピアノ・ペダルを叩き踏むんで、ペダルが折れちゃって!店側は修理やら、次のライヴに支障が出るやらで、て困ってるらしいよ。で、フフフ、と我ら顔を見合わせ、笑い。
>

http://www.jazz-honda.com/

 

竹彦へ

 投稿者:キャロル  投稿日:2015年 1月19日(月)13時30分27秒
返信・引用
  69年のMojo,古田Koji君は多分あの当時日本で一番のオルガニスとでした。
演奏拠点は米軍キャンプで圧倒的ジャパニーズ・プレーヤーでした。
Koji君と私は本田君の話題で、”本田はあち・こちで敬遠され出した様だぞ。
あいつは(本田君)興に乗ってくると、力の加減なくピアノ・ペダルを叩き踏むんで、ペダルが折れちゃって!店側は修理やら、次のライヴに支障が出るやらで、て困ってるらしいよ。で、フフフ、と我ら顔を見合わせ、笑い。
 

レンタル掲示板
/34